カッコイイ自分への旅!

慶應通信と仕事と武道で「カッコイイ自分」になりたくてゆるゆると精進中

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改訂・哲学のレポート返却

改訂・哲学のレポートを提出したのは12月初めのレポート提出期限ぎりぎりでした。返却は2月20日でしたので、2か月半以上かかりました。やはり人気科目は返却が遅いのでしょうね。

哲学関連などは、頑張って記述したつもりでも誤解して的外れなことを書いている可能性もあり、結果を見るまでドキドキ……。例によって相棒に開封して見てもらいました。

結果は合格! 万歳!

レポート課題は2問。1問目はいくつか誤解があるとのことで赤で丁寧に注意を入れてくださっていました。

私がメインで頑張ったのは2問目で、そちらはよく書けているという評価を頂き、注意もひとつも入っていませんでした。悩んで悩んで書いた甲斐あり、嬉しい結果でした。

今期は新たなレポート以前に、再提出になっている西洋史特殊Ⅲのレポート書き直しをやり始めたのですが、これに時間がかかりすぎて後が詰まってしまっています。西洋史特殊Ⅲはレポートの有効期限が3月末日なので、今回は悔いなく丁寧に、などと思っていたらハマりすぎてしまいました

今週末は合気道の特別稽古もあるので、とにかく気持ちだけ焦っております

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「日本のベートーベン」の耳は知識論証で擁護できるか

1月の『改訂・哲学』の試験内容は、フランク・ジャクソンの物理主義批判の知識論証に関するものでした。

持ち込み可だったのでほとんど勉強せずに受けたということもあり、試験の結果には自信がありません。設問に沿った解答を書けたような気もするし、それは知識が乏しいからそう思い込んでいるだけだという気もするし、結果が来るまでは何ともわかりません。

フランク・ジャクソンは「メアリーの部屋」という思考実験を提示した人物で、この実験によって物理の知識さえ持っていれば世界に存在するものすべての性質や構造は説明できるという物理主義を批判しました。

完全に白黒の世界で生きてきたメアリーが、色に対するあらゆる物理的な事実を学び修得したとします。物理主義者は、メアリーは色の知覚に関するメカニズムなどあらゆる知識を持っているので、たとえ白黒の世界しか経験したことがなくても、初めてカラーの世界に飛び出した際に新たな色についての知識を得ることなどないと主張します。

それに対し、ジャクソンはそういった物理の一元的な考え方を批判し、物理的な知識だけではない、感覚質によってもたらされる心的な知識も存在するのだと主張しました。

試験の問題は、このジャクソンの知識論証が感覚質を擁護するかというようなものでしたが、当のジャクソンもそののち物理主義に転じて自分のこの論証を批判しているくらいなので、当然答えは一つではないと思います。私はこの論証は感覚質を擁護するという立場で書きました。

例えば精密なロボットに、人間と全く同じメカニズムの聴力と、それから得られる信号をコンピューター処理することで発声させることができる高性能な機能を取り着けることができれば、もしかしたら物理の知識だけで聴覚と発声という知覚についても説明できるのかもしれません。

しかし実際には、聴力のない人がどれだけ訓練を繰り返しても、耳の聞こえる人と全く同じように発声することはほとんどできないと思います。それは、自分の発声を自分の耳で確認するという感覚質を経験できないために起こることでしょう。(将来、高性能の発声訓練マシーンができれば可能かもしれませんが)

そういえば、数年間外国に暮らしていたことがあるのですが、帰国後1年ほどの間、「あなたの日本語はちょっと変わっている」と言われ続けました。それは他言語を日常的に聞く、話すという経験を重ねていたせいでしょう。ちなみに聴覚にも変化があり、意識しないで頭に入ってくる九州弁はしばらくのあいだ韓国語にしか聞こえませんでした(笑)

そこでタイトルに関連する話になるのですが、先日の偽作曲家騒動がニュースになった際、本人がテレビで話しているのを聞いて「15年もの間、聴覚を失っている人がこんな話し方をするものだろうか」と違和感を覚えました。いくら絶対音感があっても声帯は別物でしょうから。

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犬と猫が親しくなるという哲学

総合科目の残りが哲学と歴史(東洋史)で、今回科目試験を受けましたが、どちらも微妙な手応えでした。東洋史に関しては再試験決定です。

哲学というのは、本当に理解しがたい学問だと思いますが、逆に言うと普段の生活の中でちょいちょい疑問に思っていることが、哲学の課題の一つだったりするのかなと思ってみたりしています。

元旦に死んだ叔父はどこへ行ってしまったのかしら、魂って本当にあるのかしら、そもそも何で地球という空間で生きていたのかしら、というか空間って何、ここで基準となっている時間という感覚って何、じゃあ叔父が生きていた時間という定義は何?

というようにいろいろと考えてもわからないことが人間には数多く存在しているので、それが哲学の課題なのかなというふうに理解しています。(間違っているでしょうか?)

そんなわけで、次は科学哲学に挑んでみようかと思っています。

2013年の課題は進化に関することが挙がっていました。書いてみたいと思い、ダーウィンの『種の起源』などもろもろ図書館に予約を入れました。

そういえば、犬や猫は古代から人間に飼われていたので、人間と暮らしやすいように進化したのだと、何かの本で読んだことがあります。

では、犬と猫が仲良くできるようになるのにも進化という科学哲学が働いているのでしょうか。

うちのまるちゃんは、マンションの階下に住むサビ猫さんのことが愛おしいみたいで、ここを通るたびにサビ猫さんを探します。

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サビ猫さんはもともとまるちゃんを警戒して威嚇していましたが、今ではもう低姿勢のしもべ扱いです(笑)

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人間を介した進化がこんな感じに表れたということでしょうか。まるちゃんの目が一方的にハートマークになっていますけれど…(笑)

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改訂テキストで悩むのは私だけ?

総合科目のレポートはあと一教科。なのに専門科目に入って久しい今でも手を付けずに残していました。

その理由は、履修予定の哲学のテキストが2012年に改訂になってしまったから。手元にテキストがないので、とりあえず後回しにしてきたのです。

『改訂・哲学』となったこの科目を履修するには、追加履修の手続きを行ったうえで、新しいテキストを購入せねばなりません。『塾生ガイド』のP75を読む限り、わざわざ巻末の手続き用紙と返信用封筒を同封して、追加履修の登録手続きをする必要があるようなのです。

と、2日前まで思い込んでいました。

そろそろ哲学も履修するぞーと意気込んで、追加履修の手続き用紙を発送したのが先週始め頃。週末には同封した返信用封筒が戻ってきたのですが、その書面を読んで間抜け顔になってしまった私。

「改訂の科目は追加履修の必要はありません。(中略)詳細は塾生ガイドの57ページをご覧ください」

え……?

早速P57を読んでみたらば、確かに「改訂テキストを履修する場合」という項目がありました。が、私はP75の追加履修のページしか読んでいなかったからなのか、全面書換科目と改訂テキストとの区別がとても分かりにくいように感じました。どちらもテキストは買い替えなければならないので、分かりやすく「改訂の場合は追加履修手続きの必要はありません」と明記してくれると一目瞭然だったのに。

こんな間違いをするのは私だけかもしれませんが、今後自分自身がこの事実を忘却しないように、そしていつか誰かが「慶應通信 改訂テキスト 追加履修の必要性」と検索したときに微力ながら参考にしてもらえるように、ここに記しておきたいと思います。南無阿弥陀仏

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