カッコイイ自分への旅!

慶應通信と仕事と武道で「カッコイイ自分」になりたくてゆるゆると精進中

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夜スク・人類学

昨年、仕事と武道2種類と夜間スクーリングで後半戦は息も絶え絶えでしたが、また今年も夜スクに魅力的な科目を見つけてしまい、やはり履修することに決めました。

私は文学部2類の史学専攻ですが、どこか決まった地域の歴史に興味があるからというわけでなく、人間史全体に大きく興味があるので、今回の人類学は夏スクでもなかなかお目にかかれない(と思う)絶好の科目でした。

1年ちょっと前に、歴史か考古学の教授の方が『アフリカで誕生した人類が日本人になるまで』(溝口優司、ソフトバンク新書)という本を入門書として三色旗で紹介されていました。思わずすぐに購入してしまったのですが、これが本当に分かりやすくて面白い本でした。

私が子供の頃に学校で習った人類学とはすでに解釈が変わってきている部分も多く(例えば、人間は猿人や類人猿から段々と進化して二足歩行になったという絵は、もう教科書には載っていないという噂)、そういった点を講義で学ぶことができるのはとても楽しみです。

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しかし、仕事はまだまだ忙しいし、卒論もあるので、無茶して体調を壊さないように気を付けねば~と思います。

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今年も夜スク、書類取り寄せ!



まるちゃんがニューズレターとハガキの上でクネクネしています(^^;

昨年初めて受講した夜間スクーリング。どうしても民族学を受けたかったので、電車嫌いな私が遅刻もせず風邪をひいても屈せず完走しました。

でもやっぱり東京苦手、電車苦手。だからもう夜スクは二度とないと思っていました。

なのに、また私の心を大きく揺さぶる「人類学」! 水曜日開講なので、通い始めたら下手すると、火曜日合気道、水曜日スクーリング、木曜日大東流、金曜日合気道、土曜日相棒のライブ、日曜日合気道、なんてことになってしまうかも(^▽^;) 休みは月曜の夜だけか。

とにかく手続き書類を取り寄せることにしました。ニューズレター6月号の巻末についているハガキで書類を取り寄せます。ちょうど取り寄せ期間は今日6月1日~7月31日まででした。まるちゃんのよだれで汚くなる前に投函しようと思います。


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夜スク・民族学の成績届く

今朝のまるちゃん、ぽかぽか日差しが気持ち良すぎて犬であることを忘れてしまったよう(笑)

まるちゃん20150202

つい先ほど、ポストを確認すると慶應からの白い封筒が。タイミングから見て夜間スクーリングの結果に違いありません。

私が受けた夜スクは民族学のみで、試験の出来栄えは「満点は逃した」という手応えでした。試験の内容は全て穴埋めで、自分で書いたノートのみ持ち込み可という、講義にさえ出ていればとても単位は取りやすそうなものでしたが、実際のところは先生が白板に書かれることよりも口頭で説明されることの方が何倍も大切、そんな講義でした。

私にとってY先生の講義は、本当に面白く且つ情熱的で一言も聞き逃したくない、そんな素晴らしいスクーリングの日々でした。熱が出た日も、仕事やレポートを上げて睡眠がちょっとしか取れていない日も、とにかくどんな日もサボらずに通いました。お陰でこの3か月間はかなりやつれましたし(笑)

と、結果をちょっと引っ張りましたが、Aで合格していました。深く考えすぎて間違ったと思われる部分もありましたが、結果オーライでしょうか。

問題用紙はびっしりと文字で埋まった一枚の用紙で、途中途中の穴埋めをするというものでした。試験後にY先生は「この問題用紙が最後の配布物となるように作りました」と言われました。単位を取るだけが目的ではない、なじみにくい民族学というものに、少しでも理解を深めてほしいという願いが込められているように感じ、感謝の思いが溢れました。

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早や6回目、民族学講義

今日も夜スク・民族学の講義へ出掛けて参りました。

先生が「祝日なのに」と仰っていましたが、どうせ休み関係なしの身なので、私自身は全然そんなことどうでも良いことでした。しかし、先生は夕方になって駆り出されたのでしょうし、私たち生徒のためにご家族などまでがしわ寄せを食らってちょっと申し訳ないなどと思ってしまいました。お仕事とは言え、本当に有り難いことです。

講義の内容について、自分の復習も兼ねて書きたいところですが、このところ仕事が忙しすぎて、もう今、難しいことを突き詰めて考えられません

とうとう今日は、三田へ向かう電車の中でパソコンを出して仕事をしていた始末(^^; 仕事に追われて困ったもんだーって感じです。だけれども、私個人としては民族学の内容はかなり興味深いので、どうしても休みたくないのです。

あの民族学の考え方というのは、固定概念、表象というものに囚われていると、見えるものも見えなくなるのだということだと思うのですが、それは決して民族学や歴史学にとどまりません。何気なく生きている中でも関係してくる表象という感覚。時折愚かしい感覚でもあります。

哲学とかにも大きく関係してくるので、やはりインチキながらに哲学と科学哲学を履修しておいて正解だったと思いました。
ジャン・ジャック・ルソーの『人間不平等起源論』を読んでいるところで、民族学の講義の中にもその話が出て来たのも嬉しいことでした。民族学の話題と、西洋哲学史で読むようにと指定のある本が被る、つまり学問は通じている、そしてそれが学ぶ楽しさなのですね。

今は、締切ぎりぎりでどうにか仕事を提出した後の、ちょっとした解放された時間です。と言っても夜中の0時を過ぎていますが、日中仕事をして、間に合わないまま大学へ行って、そして講義からの帰宅後にまた残りの仕事を仕上げるというのも、今のこの「通信生」である時期にしかできないことだろうと思えば楽しめてしまうので不思議です。

明日はまた6時半起きですが、楽しんで仕事も勉強もこなしていくぞ~という清々しさで溢れております^^ 同じような立場の方、頑張って卒業しましょうね~!

mar&aibo

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夜スク「民族学」に通っています

NS


9月22日開講の夜間スクーリング・民族学を受講中です。

講師は民族学(民俗学)・考古学のY先生で、受講生はほんの30名ほど。校舎奥の教室のドアを初めて開けた瞬間、あまりの狭さにびっくりしました。一番後ろに座っていても絶対にうたた寝などできないコンパクトな教室で、こんなサイズがあることを初めて知りました。民族学ってそれほど人気ないのですね~

1回目の講義はイントロダクション、2回目の講義から本当のスタートラインに立って、先生の専門地域をもとにした民族学の世界へと徐々に連れて行ってくれようとしている、そんな雰囲気で進んでいます。

そもそも民族学と言っても、定義自体が難しいように思います。日本民族とかモンゴル民族とかトルコ民族とか、今でこそナショナリティーという認識があるので単純にそんなふうに呼びがちですが、本当はそういう認識自体がとても曖昧です。500年前、1000年前、2000年前に同じような「民族」が存在したかというと、簡単にうなずくことはできない複雑な話になってしまいます。

以前、夏期スクーリングで考古学を取った際に講師の方がおっしゃっていました。「民族学というのは現在、他の大学などではほとんど文化人類学という名前に取って変わられています。しかし、慶應義塾大学においての民族学は伝統的な研究科目であったので、うちの大学では今でも『民族学』という呼び方を通しているんです」

今回の先生も同じことを説明なさっていましたが、考古学の先生の「慶應はちょっと時代遅れなんだよな」という感じの(私の取り違えかもしれませんが)口調とは異なっていました。Y先生は民族学への愛着や情熱を溢れんばかりに講義に盛り込んで語り続けてくれる、そんな感じです。

文化人類学も興味がありますが、こちらは文学部Ⅰ類・社会学の分野に位置しています。文学部Ⅱ類に分類される民族学はこれと似てはいるものの、文化研究だけでなく、そこに歴史研究を接合させて研究していくものである、と初日に説明されました。

例えば夜スク2回目では、タヒチやフィジーなどの南太平洋諸島には「南国=楽園」というイメージがあるが、これはいつ、どうやって成立したものであるかということを、大航海時代の歴史的な流れを汲み取ることで講義され、大変興味深いものでした。

私たちが一般論として勝手に思い込み、不偏だと信じているもの、例えば中国人や韓国人のイメージなどにしても、歴史の流れのどこかの地点で偏ってしまっているだけかもしれません。いや、自分が体験して自分が熟考して判断したもの以外は、良い意味でも悪い意味でも、結構こういう思い込みのフィルターを通して世界を見ていると言った方が当たっているような気がします。

12月まで続くこの講義、今後も楽しみです!

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