カッコイイ自分への旅!

慶應通信と仕事と武道で「カッコイイ自分」になりたくてゆるゆると精進中

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東洋史の攻略法はこれ(かも)

昨日、毎度のことながら苦しんだ科目試験が終わり、今日から新たな気分で~と思っていたら、相棒が出掛ける時間に起きれずにベッドからお見送りしました 

今回の試験で最も出来が悪くて再試験確定なのが総合科目の東洋史です。2度目の試験なのに今回もあまり勉強できず、その上40年も前に書かれたからなのか範囲が広い割に薄いテキストだからなのか、読んだだけでは理解もし辛くて、最初からあきらめて受けた科目でした。

そんな中でも、今回は過去問を眺めながらずっと中国の康熙帝のことが気になっていました。何だか康熙帝が「俺のことを勉強しろ」と言っているような気がする……。にも拘らず、タイミングが合わずに他のことを先に勉強していて、せめて試験に向かう電車の中で康熙帝の項目をちょっと読んでおこうと思ったらば、何とテキストを家に忘れてきてしまっているではありませんか

そんなこんなで、康熙帝については清国の皇帝で台湾を平定した人というさらっとした知識しかないまま試験に臨んだら、まんまと康熙帝についての問題が半分ほどを占めていて、何の呪いなのかと背筋が凍りました

それはさておき、東洋史の試験内容は毎回テキスト内の一部の範囲が穴埋め式で出題され、さらにいくつかの項目について150~250字以内で記述し説明せよというもの。よく内容を把握しておかないと、ただでさえ記憶力の悪い私など、なかなか中国や朝鮮やモンゴルやベトナムやビルマやチベットやインドやタイやトルコ民族などなどについて、細かい事件を理解して知識にしておくことは難しいと実感させられています。

そこで、総合の東洋史を攻略するために、専門の東洋史概説ⅠとⅡの2科目を履修することにしました。これらを学べば必然的に総合・東洋史の範囲も網羅できるので、試験勉強としては一石二鳥だと思われます。(確信はありませんが)

もともと中国史には興味がなかったのですが、今回少し勉強してみて、それほど敬遠するものでもないかなという印象に変わりました。テキストを読むだけでは面白くないときは、Youtubeで配信されている講義の動画(たとえば→ 「細谷の世界史マンガ講義」)なども参考にさせてもらうなどして、どうにか東洋史を攻略していきたいと思います。

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試験の後の気晴らしが必須

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科目試験でしたが、一日たりとも勉強に没頭できる日のない過酷な状況に追い込まれ、それでもなお、まるで気が狂ったかのごとく、へらへらして余裕しゃくしゃくを装って過ごした奇妙な試験週間でした(笑)

今回は4科目受験でしたが、確実に落としたなと思う科目が1科目あり、それ以外はどうなのか今一つ結果待ちするしかないという、問題自体が抽象的なものでした。ほとんど歴史や哲学関連のものしか受験しておらず、つまり答えは一つではないものなので、結果もよくわからないという感じなのですが、もうとにかく気に病まずに次に進もうという(笑)

ちょっとばかり体調が良くなくて、日曜のC群では試験中に激しく咳き込んで難儀しましたら、試験後に外で憧れのPAKAPONさんに声を掛けて頂き、同じ会場だったことを知りました。試験中にうるさかったなと思われていたとしたら、それは私でした。すみません(^^;

試験の後には、大急ぎで電車に乗り込んで合気道の稽古に向かいました。50分ほど遅刻しましたが、それでも試験後の合気道は格別に気持ち良いものです。

次回の東京タワーは心底余裕の気持ちで眺められれば良いのですが。こればかりは社会人学生には読めないものですね。

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とりあえず投げてみる

ご無沙汰しております<(_ _)>

12月から手の込んだ仕事が入って、大学の勉強以外で文章を書かねばならないことが多く、ブログからも遠ざかっていますが、週末の試験は受けに行きます。まだ勉強できていませんが(苦笑)

私のストレス解消法は合気道で、仕事や勉強で煮詰まっているとき、焦っているときも、最低限は合気道の稽古に行くことにしています。あまりに忙しいときは稽古から22時頃に戻って、そのあと深夜に仕事することもありますが、気持ちはスッキリしています。

そんなわけで試験前日も合気道に行き、さらに試験後も稽古に直行の予定です。

うりゃ!

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国語学レポが本当に返ってきた

年末のことですが、わんこの散歩からの帰りにポストを見たらばレポートが返ってきているのを発見(*_*) ←すでに弱気… 薄さから国語学であろうと見当がつきました。

大急ぎで階段を駆け上り、ドアをけ破り、すでに年末の休みに入っていた相棒の顔に茶封筒を叩きつけ、「開けやがれ!!」と言い放ちました。

結果は、合格。ああ、良かった、切腹せずにすみました~(=_=)

本当に特に大したコメントもなくて、何だか本当に合格で良いのかどうか、つまらなさすぎて読むにも値しなかったのかしらとかと考えましたが、間違いなく不合格の「不」の字は付いていないようなのでほっと一安心です。

しかし、12月は忙しくて全く勉強できず、疲れ果てていた体調がようやく本調子に戻ってきたという状態で、また急ぎの仕事が入る可能性も多分にあるので、しばらくは気を許さずに頑張らねば~と思います。

ブログも中途半端にしか見られない状況が続いていますが、少し心の余裕ができたらまた、と思っています。

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誰も知らない世界

12月の私は、後から聞くに相棒も密かに心配していたほどに仕事が忙しすぎて、今思い直しても記憶があいまいなくらいです。某有名企業の経営陣にインタビューをするという仕事をもらって面白かった半面、時間がタイトで夜中まで根を詰めていました。

年末年始というと、通常は相棒の実家に帰っておせち料理を作り、義父と三人でお正月を迎えるのが恒例となっています。しかし、今年は母の兄にあたる叔父の見舞いに行くために、急遽私だけが12月30日に私の実家のある九州へと飛ぶことになりました。

旅の友は、1月に試験を受ける予定の『改訂・哲学』の参考文献である『哲学の教科書』。これを読みながら、自分の子供の頃からの空想をいろいろと思い出していました。

私は子供の頃から愛想もなくて暗いタイプだったと思います。典型的O型の母によく「誰に似たんだか」と言われた私の中学生当時の一番の関心事は「死」でした。

この世に居る誰もが経験したことのない世界、それが「死」。「死」を知ることができる唯一の方法は死ぬことだけ。だから「死」に憧れていました。

そんな私の中学時代に片思いをしていた1歳上の先輩は、20歳のお正月に交通事故で亡くなりました。私の憧れる死の世界へ先に一人で逝ってしまったことで、さらにその先輩への気持ちは忘れることのできないものとなっています。

大人になり、死を身近に感じることを何度か経験し、今は相棒と出会ったことで死は将来的に私と相棒を分かつという、哲学的ではない意味を持つものと変化しました。そして、それによって私はちょっと楽になりました。

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この年末、私はこんなことをちらちらと考えながら、1月1日に母の兄である叔父の病床を訪ねました。叔父の奥さんは私と私の兄がこの日にお見舞いに来るということを叔父に朝から何度も伝えていたそうで、意識が混とんとしている中でも叔父はその都度頷いて返事をしてくれていたそうです。

カッコよくて優しかった叔父は3か月前に突然癌の宣告を受けて、「俺、死ぬんだなあ」と言っていたとか。私が叔父の立場だったらどういう気持ちだったのでしょうか。

1月1日、私が叔父の病室をあとにして2時間後に息を引き取りました。

死は誰にでも訪れるのでそれは悪いことではないし、3ヶ月しか苦しまないで済んだということはむしろラッキーだったのかもしれないと思います。残された叔母の気持ちを思うと辛くなりますが、3ヶ月という時間が叔父を見送る覚悟を決めさせてくれた様子でした。

私の2014年はこんな感じで明け、今はまだ叔父を亡くしたという空気から脱することができないでいますが、むしろ叔父のお陰で良い年にできそうだと感じています。

いつ死が訪れるかは誰にも分かりませんが、その影とどう付き合うかはその人次第なのかなと思います。私はこれからも死の影と楽しく付き合いながら生きて行こうと改めて思っているところです。

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