カッコイイ自分への旅!

慶應通信と仕事と武道で「カッコイイ自分」になりたくてゆるゆると精進中

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

科学哲学&オリエント考古学レポ返却

3月初旬のレポ締め切りぎりぎりに提出した科学哲学とオリエント考古学のレポートが揃って戻ってきました。

いつも相棒が在宅の時には開封して確認してもらうのですが、あいにくまだ彼が仕事で帰宅前にレポートの封筒を発見してしまったので、鼻息も荒く自ら開封しました。

果たして。

どちらも合格~ \(^^)/

しかし、科学哲学の方は「与えられた課題の趣旨を正しく理解しているか?」の項目に不十分のチェックを付けられていました。

「進化はどのような要因によっておこると説明されているか要約しなさい」という設問だったのですが、良い参考文献が見つけられずに自分の中での知識もあやふやのまま記述してしまい、その点をそのまま指摘されたような感じです。もっと具体性がほしかったとのコメントでした。

つまりABCDで言えばCで合格を頂いたようなものかな~(^^; まあ、でも合格だし、自分の専攻は史学なのでとりあえず良しとしましょう。問題はレポートよりも試験の方だし……

オリエント考古学は、「高く評価できます」という有り難いお言葉を頂きました。5時間ほどで仕上げたレポートですが(しかも締切当日に)、内容的に興味深く面白いレポートでした。

後もうひとつ戻ってきていないレポートは西洋史特殊Ⅲです。2回不合格を頂き、今度こそ本気で書いたレポートだったので、これで不合格だと奈落の底に落とされます。返却の日が待ち遠しいけれど恐ろしい、そんな恋しいレポートです(笑)


スポンサーサイト

PageTop

西洋哲学史、はじめました

7月の科目試験は、もしかしたら土曜日に予定が入るかもしれないという懸念があり、昨年そのせいで試験自体を断念したという苦渋の経験を生かして、今回は日曜日に受けられるD・E・F群から優先して履修することにしました。

そこで、まずは西洋哲学史Ⅱに狙いを定め、参考文献を探すことに。

この科目のレポートは、指定された7つの古典的著作の内1つを選択し、その中で自分なりの問題提起をして論述するというものです。どれを選ぶかによって全然内容が変わってくる、つまり書きやすいか否かも変わってくると思われる課題です。

指定著作の中で、まず興味を覚えたのはハイデガーの『存在と時間』でした。内容的に「存在」にも「時間」にも普段から興味を覚えているので、面白く読めるのでは、と思ったのですが、どこかの講評で結構難しいようなことが書かれていて、うーん、そうか、じゃあ他も検討してみる?という気にさせられました。

次に調べてみたのはベルクソンの『物質と記憶』。これはどこかのサイトで内田樹もおすすめしていたので、もうこれだ!と思いました。内田樹は本を書くなど多彩に活躍する人物ですが、合気道の有段者でもある人です。合気道は神道や哲学にも通じる武道なので、内田氏もそのような面から『物質と記憶』の講評をされているのだと思いました。

が、その後ルソーの『人間不平等起源論』についても調べてみたところ、ルソーの考え方に同調して、何となく即時この本を買ってしまいました(笑) もともと人間は平等だったのに、自分の利益や財産を主張する人間の出現が不平等を推し進めたという考えは私にもありましたので、自然にこれは読めそうだと直感したがゆえでした。レポートは何よりも書きやすいのが一番だし。

まだ読んでいないので分かりませんが、これから読み進めてみようと思います。もしかしたらベルクソンに替えるかもしれませんが。

人間不平等起原論 (岩波文庫)人間不平等起原論 (岩波文庫)
(1972/01)
J.J. ルソー

商品詳細を見る


物質と記憶 (ちくま学芸文庫)物質と記憶 (ちくま学芸文庫)
(2007/02)
アンリ ベルクソン

商品詳細を見る

PageTop

じたばた科目試験終了

tokiotower201404

今回の科目試験は土曜日の2科目のみ、B群のオリエント考古学とC群の科学哲学を受験してきました。

どうせいつも勉強不足の状態ばかりではありますが、今回については仕事のせいだけではなく早くも5月病みたいな感じで、何だか試験に向けて奮起することのできないまま時間が過ぎてしまいました。両方とも持込み可の科目だからなおさら気持ちが甘えていたのかもしれません。

そんな状態なので、むしろダメ元で気楽な気持ちで試験を受けに行ってきました。そのくせにこれまでで一番心に余裕があったような気もします。これほど準備を怠っておきながら、不思議な話です。

さて、まずはオリエント考古学の試験へ。

この科目のテキストは市販本採用で、『聖書考古学 旧約篇』という写真の多い薄っぺらい本でした。レポートの課題も旧約聖書に関するものでしたし、試験問題も聖書考古学の範囲から出るのだろうかとちょっと悩んだ科目です。しかし、科目名はあくまでも「オリエント考古学」。ということで、ちょうど良い参考文献として思いついたのは西洋史特殊Ⅰのテキストでした。それ以外に聖書考古学関係の本も数冊持ち込みました。

かくして、「メソポタミア地域において都市国家が成立し、領域国家に展開した経緯を説明しなさい」という、聖書考古学とは離れた問いを読んだ瞬間、私は西洋史特殊Ⅰのテキストに救われたことを確信しました(^^; 実際、この内容は西洋史特殊Ⅰを勉強したときに読んでいた内容でしたので、落ち着いて記述することができたと思います。

私の前に座っていた男性は全くペンを動かす様子がなく、20分が経過して退出許可が出た途端に会場を出て行ったので、もしかしたら聖書考古学についてしか勉強していなかったのかもしれません。テキストがテキストだけに、ここが落とし穴のようにも思います。

次に受けた科学哲学は、まだ「科学哲学とは何ぞや?」という玄関口に立った程度の知識しかない私にとって、賭けのような受験になってしまいました。量子力学に関する内容が出たら対応できないだろうという負の自信を持ちつつ問題用紙をめくったらば進化論に関連した内容だったので、私にとってはある意味ラッキー問題ではあったはず。

なのですが、そうは問屋が卸しませんでした。「進化現象を因果的に説明するとはどういうことか」という問題に、30分ほどは何をどうまとめれば良いのか悩まされてテキストをめくってばかり。どうにか自分なりの解釈で記述して時間ぴったりに終了(^o^;

テキストを読んでも因果的に説明するということがよくわからないなんて、本当に科学哲学の素質がないということでしょうか~ できるだけ早くお別れしたい科目なのですが、長いお付き合いになったらどうしましょう(^^;

とりあえずしばらくは忘れて、次の科目に進みたいと思います。

PageTop

ものの見方の角度って

animals2s.jpg
前に仕事でペット用品のラベルのデザインをしたのですが、その中で動物の影が寄り合っているイラストを作成したことがありました。さまざまな犬や猫や鳥なんかが仲良く集まっているイメージだったのですが。

先日、仲の良い友人に「これって真ん中の動物をみんなで食べようとしているの?」と言われました(゜゜;) 「あ、でもそんなわけないよね。じゃあ、元気のない猫をみんなが心配しているとか?」とも。

いや、真ん中の猫は普通に昼寝しているだけで、別にみんな好き放題に寛いでいるという設定なんだけど。

物事の見方は人それぞれだと改めて思い直すことのできた良いきっかけでした。

ちなみにこの友人は、普段からクマなどの猛獣が人を襲うというような事件に多大なる脅威と興味を持っている人で、想像力が逞しすぎて想像力のあまりにいつも弾丸トークを繰り広げるという面白い人物なのです。そこが面白くて友達になって以来、私は彼女のことは親友だと思っています。中身も外見も全く異なっていますが。

そんな彼女の旦那さんも、このイラストを見て「みんなで真ん中の動物を食べようとしている」と同じ感想を述べたそうです。さすが夫婦。

しかし、彼女の感覚が一般的なのか、それとも私の感覚が一般的なのか、疑問が残る微妙なイラストになってしまったのが気がかりな今日この頃。

PageTop

試験まであと2日なのに

科目試験まで勉強できる日は木曜と金曜の二日のみとなりました。

が、このところの気候の変化のせいか、鼻炎がひどくなったり肩や首の調子が悪くなったりして、どうも勉強も仕事も何もやる気が起きずに困っています。

気持ちは焦るのですが、体が動かない(=_=) そして頭も回らない(*_*)

ヤバい~

けど、試験にはダメもとで行くつもりです。

明日は合気道に行って体と心に喝を入れてこようかと思います!

PageTop

レポートにひょんな方面からケチがついた話

3月初旬に提出した科学哲学のレポート課題は、2013年度の進化論に関するものでした。

その科学哲学のレポートを書いていたまさにその頃、私の親戚で獣医師をやっている50代の男性とコンタクトをとる機会がありまして、別段意味はなかったのですが、ついでに進化論についてのレポートを書いている旨をちらっと話しました。すると彼は、生物学つながりというゆえんか、そのレポートを読みたいと言い始め、そのときは冗談ではないと思って流していたのですが、さらに後日メールを送ってきて「僕も読みたい」としつこく食い下がったのです。

そのメールを受け取った時、ちょうどレポートを書き終えたばかりでパソコンの前に居た私は、まあいいか、親戚だし、と魔が差し、メールに添付して送ってしまったのです。

かくして1時間後―――

私が数日間悩んで書き上げた大事な科学哲学のレポートは、課題が何であるかすら明確には知らない獣医師の彼によって添削されて戻ってきました

と言っても、内容についてではなくて、大抵は用語に関して「これは○○の方が良いのでは?」という感じの指摘ばかり。私の使った用語はテキストや参考文献をもとにしているので、それらが不必要な添削であったことは言うまでもありません。

しかし、その中で容認できなかった暴挙は、レポートの課題が何であるかを明確に知らないにもかかわらず、もっとも大事なまとめの文章を彼なりの認識で勝手に書き換えられていたことでした。そこを書き換えてしまったら私のレポートではなくなるっての!

きっと彼はいつまでも私がまだまだ若くて未熟だと(未熟は合っていますが)思っていて、親切心で頼みもしないのに添削してきたのだろうと思いますが、久しぶりに激しく不愉快な気分になりました(笑)

もちろん、自分のレポートなので一切書き直すことなく提出しましたが、添削好きな人っているのですよね。うちの親戚にもう一人そういう人が居ますが、それはまた次回書きます。

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。