カッコイイ自分への旅!

慶應通信と仕事と武道で「カッコイイ自分」になりたくてゆるゆると精進中

東洋史概説Ⅰで老子と再会

5月下旬のレポート締め切りでぎりぎり提出できたもうひとつのレポートは東洋史概説Ⅰでした。総合科目最後の科目・東洋史と一緒に勉強したいので今回はこれにしました。

レポート課題は、近年中国で次々と発見されている木簡や竹簡が中国史とどう関わるか、というような内容でした(既にあやふや…)。ひとつの木簡や竹簡について書いても良いし、全体をひっくるめて書いても良いという指定だったので、私は老子をテーマに書きました。

老子や孔子などは、どんな思想だったかは覚えていなくても、名前だけは誰でも知っている思想家です。確か小中高の漢文の授業で読まされましたが、どの時代の人かなどと深く考えたことがありませんでした。「かなりむかーし」というざっくりとした印象でここまで生きてきてしまいました。

そのような大らかすぎる理解も、東洋史概説Ⅰのレポートのお陰でだいぶ具体性を帯びたものに変わりました。「かなりむかーし」というのは間違いなかったのですが、老子がいつの時代の人であるかは未だにはっきりしていないそう。諸説あったものが、近年の遺跡発掘によってかなり打ち消され、今ではだいぶ絞り込まれてきているけれど、まだ確定はできない、そんなロマンに出会えて少し中国史に対する苦手感が払拭されました。

今回、参考文献として履修要項にも載っている、『諸子百家 儒家・墨家・道家・法家・兵家』を購入しました。


諸子百家―儒家・墨家・道家・法家・兵家 (中公新書)諸子百家―儒家・墨家・道家・法家・兵家 (中公新書)
(2009/03)
湯浅 邦弘


それ以外に『諸子百家(再発見) 掘り起こされる古代中国思想』(浅野裕一・湯浅邦弘編)、『文字の発見が歴史をゆるがす』(福田哲之)などを図書館から借りて役に立ちました。誤って思想書も借りるなどしてしまいましたが、今回はあくまでも歴史という視点で諸子百家を読みました。

但し、いつもながらあの内容で良かったのかどうかには自信がなく、返却されるまではもやもやしそうです……

関連記事
スポンサーサイト

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

楼蘭さん、こんにちは!

わたしは此方で、東洋史概説Ⅰ以来の老子と再会です♪
私の選んだ課題は2012年の『史記列伝を読んで~』でしたから、竹簡などの出土資料による知識ではなく、司馬遷による選択を経た老子情報でしたが、私は孔子よりも老子派である、と変な確信を持ったものでした(笑)。

ご紹介の参考文献『諸子百家』に興味津々。もう一度、中国古代の勉強がしたくなってきちゃいます。。。

うーん。参考になるかどうか分かりませんが、岩波文庫版の『史記列伝』第60太史公自序にある諸子百家に対する言及を置き土産にして帰りまーす。

太史公(司馬遷or司馬談)「曰く、「『易』の大伝にいう、『天下のおもむくところは一つであって考え方は何百もあり、帰着するところは同一であってもそこへの塗(みちすじ)はことなる』。そもそも陰陽・儒・墨・名・法・道徳の六家は、国を治めることを要務とする。ただどこから出発するかの道を異にし、何をおもんじ何をかろんずるかの違いがあるだけなのだ。」」

cimico | URL | 2014/06/04 (Wed) 16:47 [編集]


cimicoさん

cimicoさん、おはようございます♪

cimicoさんが東洋史概説Ⅰで『史記列伝』をとても丁寧に読まれていたのは印象深く覚えております。それに比べ、私はかなり大雑把に参考文献を読んだのでお恥ずかしい限りです。
それでも、要項の参考文献にも挙げられているこの『諸子百家』は面白かったです。遺跡や遺物を見て想像力がかきたてられてにやにやするタイプの人には絶対面白いと思います(笑)

『史記列伝』の引用、ありがとうございます。
先日ちょうど「近代までの中国の史学というものは、皇帝が過去に学んでいかに国をうまく治めるかのための学問である」というようなことを本で読みました。それはある部分では諸子百家のような思想・哲学も似ているのかなと思いました。

私は地道にこまめな勉強があまりできないので、cimicoさんと違って東洋史関連で合格点をもらうのには時間がかかりそうですが、少しでも興味の糸口をつかめれば長丁場になっても楽しめそうです^^

楼蘭 | URL | 2014/06/09 (Mon) 09:15 [編集]


 
 

トラックバックトラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)