カッコイイ自分への旅!

慶應通信と仕事と武道で「カッコイイ自分」になりたくてゆるゆると精進中

消化不良で吐き出した科目

長い雨の日々も終わりを告げた関東地方。しかし、思わぬ災害が相次いで、心にひびが入りそうな気持ちです。私の地方は特に問題なく、毎日毎日まるちゃんにレインコートを着せる日々が続いただけでした。

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さて、きな臭いタイトルを付けてしまいましたが、あくまでも個人の気持ち・感想ですので、読んでくださる方はその点をご承知ください。

5月に西洋史概説Ⅱのレポートを提出しました。2014年度の課題が気になっていたので、難関科目だとは聞いていましたが突貫作業でどうにか提出。巷で不合格レポートが飛びまくっているという噂を耳にしていたので、きっと私も不合格だろうとは予測していましたが、それでも全く杞憂はありませんでした。というのも、このレポートの採点者が、これまた難関科目と噂の高い西洋史特殊Ⅲの採点をする先生と同じだと聞いていたからです。

以前、西洋史特殊Ⅲのレポートを提出した際、初の(または2回目だったか?)不合格を経験した上に、2回もの再提出になりました。最初はがっかりしたものの、考えてみるとそれまでのレポート返却の時はほとんど講評が書かれたことがなかったのに、この先生だけは余白という余白にみっちりとアドバイスを書いてくれていて、実はとても親切なのではないかということに気が付きました。それまではほとんどレポートも試験も不合格はなく、ちょうど専門分野に入ってまもなく受けた不合格の洗礼。しかしこれは見方を変えれば、勉強しなおせる、しかも先生のアドバイス付きで理解を深められる絶好の機会を得ただけのこと。

そして、このレポートが「合格」と付されて返ってきたときの喜びは、採点してくれた先生への感謝と共にありました。

そんな先生とのやり取りがまたしばらく続くことになるのかしらという妙な期待をもって提出した西洋史概説Ⅱ。2週間ほど前にレポートが返却されたcimicoさんの情報でも、やはりこの科目に書かれたサインは例の先生のものでした。

ところが、少し遅れて戻ってきた私のレポートを見て拍子抜け。採点した先生が別の人。しかも採点者が違うだけならまだ良かったのだけれど、不合格の理由としてレポートの内容には一切触れてないのです。(あ、不合格だったところだけは予想通りでした・笑) 講評に書かれているのは、註のふり方がダメだということのみ。それなのにほぼすべての「不十分」にチェックが入っています。

わざわざ2014年の課題を選んだのは、何十年も前から興味があったテーマだったからです。したがって、いくら突貫でレポートを書いたとしても、また不合格なのだろうと予測をしていたとしても、前知識のあるテーマなので極端に主旨からずれるようなことは書いていないという自負がありました。不合格になるほどなのだから、どう書き直すべきなのか方向性だけでもアドバイスをもらいたいところです。

また、註の書き方はレポートを書き始めたばかりの頃に他のレポートで指摘された通りにやっていて、これまでのレポートでも一度も「不十分」という注意を受けたことはありませんでした。引用・参考文献には引用したもの以外は記載しない、読んだだけ、参考にしただけの文献は載せないという形式です。ところが今回の採点者は、引用していない文献でも参考にしたものはすべて記載し、また参照したことがわかるように註をふれ、とのご注意でした。

先生によって註の書き方が違うことはあり得るのでまあ良いのですが、せめて同じ科目内だけでも統一してくれと思いました。そのうえ、それだけが不合格の原因なのかと思わせるような講評なのですから、どう書き直すべきかとブルーになりました。

お陰ですっかり再レポのやる気が湧いてこないので、試験の結果がAでなければこの科目の履修はやめることにしました。試験はそこそこ書けたものの、さすがにBくらいかという予測だったのですが。

しかし、結果はC。

この科目は試験も厳しいのか、それとも私の記述があまりに表面的過ぎたのか、明確にはわかりませんが、とにかく私が西洋史概説Ⅱを捨てることだけは明確に決まったのでした(笑) たとえ再レポを頑張ったところで評価がCだと分かり切っている限り、モチベーションを保つことは至難の業です~
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