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あの日と同じ三田演説館

もう10年近く前になりますが、初めて慶應義塾大学の三田校舎を訪れました。

連れて行ってくれたのは相棒で、付き合い始めて初のデートが泉岳寺と慶應だったという、非常にシブい(笑)

私は史学専攻ですが、日本史に関してははるかに相棒の方が細かいことまで詳しく知っていまして、そういうわけでいきなり泉岳寺に連れて行かれたのですが、後々考えてみると大抵の女性は二度とデートしてくれないような選択だったような気もします。

たまたま私にはぴったりはまったデートコースでしたが(笑)

当時はまだ添乗員をしていて、田町にある阪○交通社のオフィスにはよく行っていましたが、すぐそばに慶應があることは知りませんでした。

少し迷いながら慶應の正門まで相棒に引率され、三田演説館を見せてくれたのをよく覚えています。

SN3T0237s.jpg

今回の夏期スクーリングは三田でしたので、久しぶりに見に行ってきました。当たり前ながらあの日と変わらずで異様に心がときめきました。

SN3T0238s.jpg

なまこ壁が何とも言えない、時代の空気をまとっているように感じます。

中には入れませんが、あそこに福澤先生がいらっしゃったのだろうかという想像を掻き立てます。

SN3T0240s.jpg
(ガラス越しに撮りました)

重要文化財に指定されている三田演説館の由来は下記です。

慶應義塾の三田演説館は、福沢諭吉先生によって建設されたわが国最初の演説会堂である。会館は明治八年(1875年)5月1日、はじめはいまの塾監局の北端あたりにあったが、大正十三年(1924)に現在のところに移築された。
構えは木造かわらぶき、なまこ壁で、日本独特の手法が用いられているけれども、本来アメリカから取り寄せた諸種の図面をもとにして造られたものであって、明治初期の洋風建築のきわめてめずらしい遺構とされている。規模は床面積191平方メートル余、一部が二階造りになっていて、延面積は280平方メートル余りになる。
福澤先生は晩年、この演説館について、「其規模こそ小なれ、日本開闢以来最第一着の建築、国民の記憶に存すべきものにして、幸に無事に保存するを得ば、後五百年、一種の古跡として見物する人もある可し」としるしておられる。まさに、三田演説館はわが国文化史上の貴重な記念物というべきであろう。
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コメントコメント


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三田演説館に隠されたロマン

このお話を先に聞いていたら、三田演説館はまた違った様相を見せてくれたかもしれません。
いにしえの建物の前を少し照れながら歩くおふたり。
木漏れ日がスポットライトのようにそんなふたりに光を当て…映画のワンシーンみたい*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

こぴあこ | URL | 2013/08/30 (Fri) 16:46 [編集]


ごちそうさまでした♪

そんな素敵な思い出があったんですねー♪
私も夏スク最終日にじっくりとご対面することができました。
まるで演説館が建てられた時代にタイムスリップしたみたいに、その空間だけゆったりと時間が流れているようでした。秋から冬の様子も忘れずに見てみたいです。

Uika | URL | 2013/08/31 (Sat) 23:47 [編集]


こぴあこさんへ

こぴあこさん、映画のワンシーンなんて…i-237
私たち夫婦ならおそらく格闘技系の映画ですね!

そんなにロマンティックなものではなかったのですよー
泉岳寺や重要文化財を見に連れて行く色気のなさがやはり格闘技系男子でしょうか?

楼蘭 | URL | 2013/09/02 (Mon) 15:29 [編集]


Uikaさんへ

Uikaさんの撮られた演説館の写真は私の比ではなく、やはり綺麗でした~
Uikaさんは最終日に行かれたのですね。
私は確か2日目の帰りに、ふと思い出して寄りました。
あの近辺は一人も人が居なくて、何だかゆっくりと時代感に包んでもらえて。
確かに、季節によってまた少し表情が変わりそうですね。

楼蘭 | URL | 2013/09/02 (Mon) 15:33 [編集]


 
 

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