カッコイイ自分への旅!

慶應通信と仕事と武道で「カッコイイ自分」になりたくてゆるゆると精進中

師匠を見付け、信じること

うちの合気道道場には現在二人の先生が居られます。

A先生は20歳前から合気道をやって来られた方で、すべての技に無駄がなく、「なぜこういう動きをするのか」という疑問に対して漏れなく合理的な持論を持っているような理系思考の先生です。歴史に残る有名な先生に若い時分に師事された方でもあります。

一方、B先生は40歳代から合気道を始めて、努力を重ねてここまで来られた先生ですが、他の道場を知らない井の中の蛙であることは否めません。

どちらの先生も穏やかでおごりたかぶりの一切ない方で、本当に素晴らしい道場に出会えたとしみじみ感じています。しかし、合気道の指導内容としてはいろいろと考えることがないとはいえません。

基本的にはA先生の指導で道場は成り立っているのですが、A先生が来られないときはB先生の指導となります。その時によく勃発する問題があるのです。それは……

ある程度、技が分かるようになった門下生になれば、A先生の合理的で無駄のない技に魅了されてい病まないのですが、A先生不在のときにB先生に全く違うやり方を強制されることがあるのです。A先生とB先生はもともと師匠が異なっているので、当然やり方が違うこともあります。

同じ合気道と言っても、先生によって、またはその先生が師事した師匠によって、技の理解もやり方もいろいろです。私も他の道場から今の道場に移ったのですが、それは前の道場の技に対する不満が募ったゆえでした。前の道場の合気道は、技が効いていなくてまるで効いているかのように受けを取らねばならなくて、悩まされ続けました。

今は私もB先生や他の黒帯の先輩がどう言っても、A先生の教えが一番だと信じられるのでそのやり方を通しますが、もっと未熟な頃は翻弄されたものでした。翻弄されなくなった今、少しは自分の技の理解に自信が持てるようになっています。

先生はいろいろですので、自分の求める師匠を探すことも必要ですし、外野の声に惑わされず師匠の教えを信じ、自信を持って突き進むこと、また動じないくらいの理解を持てるようになることが何よりも大切なのでしょう。

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