カッコイイ自分への旅!

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「日本のベートーベン」の耳は知識論証で擁護できるか

1月の『改訂・哲学』の試験内容は、フランク・ジャクソンの物理主義批判の知識論証に関するものでした。

持ち込み可だったのでほとんど勉強せずに受けたということもあり、試験の結果には自信がありません。設問に沿った解答を書けたような気もするし、それは知識が乏しいからそう思い込んでいるだけだという気もするし、結果が来るまでは何ともわかりません。

フランク・ジャクソンは「メアリーの部屋」という思考実験を提示した人物で、この実験によって物理の知識さえ持っていれば世界に存在するものすべての性質や構造は説明できるという物理主義を批判しました。

完全に白黒の世界で生きてきたメアリーが、色に対するあらゆる物理的な事実を学び修得したとします。物理主義者は、メアリーは色の知覚に関するメカニズムなどあらゆる知識を持っているので、たとえ白黒の世界しか経験したことがなくても、初めてカラーの世界に飛び出した際に新たな色についての知識を得ることなどないと主張します。

それに対し、ジャクソンはそういった物理の一元的な考え方を批判し、物理的な知識だけではない、感覚質によってもたらされる心的な知識も存在するのだと主張しました。

試験の問題は、このジャクソンの知識論証が感覚質を擁護するかというようなものでしたが、当のジャクソンもそののち物理主義に転じて自分のこの論証を批判しているくらいなので、当然答えは一つではないと思います。私はこの論証は感覚質を擁護するという立場で書きました。

例えば精密なロボットに、人間と全く同じメカニズムの聴力と、それから得られる信号をコンピューター処理することで発声させることができる高性能な機能を取り着けることができれば、もしかしたら物理の知識だけで聴覚と発声という知覚についても説明できるのかもしれません。

しかし実際には、聴力のない人がどれだけ訓練を繰り返しても、耳の聞こえる人と全く同じように発声することはほとんどできないと思います。それは、自分の発声を自分の耳で確認するという感覚質を経験できないために起こることでしょう。(将来、高性能の発声訓練マシーンができれば可能かもしれませんが)

そういえば、数年間外国に暮らしていたことがあるのですが、帰国後1年ほどの間、「あなたの日本語はちょっと変わっている」と言われ続けました。それは他言語を日常的に聞く、話すという経験を重ねていたせいでしょう。ちなみに聴覚にも変化があり、意識しないで頭に入ってくる九州弁はしばらくのあいだ韓国語にしか聞こえませんでした(笑)

そこでタイトルに関連する話になるのですが、先日の偽作曲家騒動がニュースになった際、本人がテレビで話しているのを聞いて「15年もの間、聴覚を失っている人がこんな話し方をするものだろうか」と違和感を覚えました。いくら絶対音感があっても声帯は別物でしょうから。
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