カッコイイ自分への旅!

慶應通信と仕事と武道で「カッコイイ自分」になりたくてゆるゆると精進中

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卒論指導は通信生にとってメインイベント

先日の3回目の卒論指導直前。
とにかく必死でデスクに向かっていたのですが、窓際から熱視線が…
まるちゃんがこんな調子で10分以上(´∀`*)

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この5月は3回目の卒論指導でした。
仕事が忙しいので、無理に急がず2年間で卒論を書き上げたいと当初から予定していて、今回の指導時に教授から卒業予定申告書にサインとハンコを頂きました。

卒論指導に入る前は、私などが卒論を本当にきちんと書けるかしら、慶應を卒業できるかしらなど、慶應に対してだいぶ敷居が高いと思い込んでいたふしがあります。そういえば入学当初は、簡単に入学可能な通信生だから、慶應義塾大学に出入りすることに自信がなくてちょっと疎外感を感じるなどしていました。でも、1から単位を所得して卒論に入っているのであれば、そのような疎外感はもう必要ないのですよね。

1年前、初めての卒論指導前に何か月もかけて現在の指導教授を探し当てました。ちょっと特殊なテーマなので、その教授を探しあてた時の嬉しさはひとしおで、著書を探しては読み漁りました。

そして初めての卒論指導では盛り上がり、2回目はもっと盛り上がり、3回目も更~に盛り上がりました\(^^)/

とにかく、卒論指導を受けることが今、最も楽しいことです。もしも卒論書けるかしらと心配している人が居たら、まずは卒論指導申込みをして、この楽しさを味わってほしいと思います^^

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長い嵐が去って次のステージへ

長い間ブログを放置していましたが、やっと人並みの生活に戻れそうなので、自分の記録のためにもまたちょこちょこ書いていきたいと思います。

慶應通信に真剣に向き合い始めてからは、仕事も武道も頑張れるようになったのですが、その分、年々多忙さが増していきました。
忙しいだけでなく、昨年は合気道の稽古中に膝の靭帯を伸ばしてしまい、不便なギブスのままで日々をこなさねばならなかったし、その影響で体のバランスを悪くしたのか、ちょうど科目試験の直前にぎっくり腰になって試験を断念するということもありました。

つくづく昨年は特に大変だった。などと思っていたら、年末に相棒の父親が糖尿病の悪化の結果ガンも発症して、1か月半もの間、毎週新幹線で某地方都市へ通うことに…(ノ_<)

なんて思っていたら、さらに1か月後には九州の実父が末期ガンに罹って一時余命1ヶ月にヽ( ̄д ̄;)ノ
九州でもあたふたする母に替わって、介護保険の申請やら自宅療養のための改装やらに追われるうちに、気が付けば3月でした。(幸い、抗がん剤が合って存命しています)

そんな折、ちょうどこれまで委託でやってきた業務を私が引き継ぐ感じで事業独立をしたので、その契約変更やら新パートナーとの打ち合わせやらもごった返し。

その内5月の卒論指導日が近づいてきてあたふたw(゚o゚)w

自分でもどうしてこんなことになったのかわかりませんが、もう何か月もあんまりベッドで寝ていない状態でした(^-^; 

それでも、どちらの父親も今は容態が落ち着いていますし、独立した事業もどうにかスムーズに回りはじめ、この状況でも大東流合気柔術の初段にほんの1年ちょっとで合格できましたし、卒業に必要な単位もほぼ取得し、そしてそして卒論指導では卒論提出許可書にハンコを頂けました。長い長い嵐の真っ只中にいましたが、どれも取りこぼすことなくどうにか嵐をやり過ごせたので、とても完ぺきとは言えないまでもこれでも良しとしなければなりません。

卒論はまだまだこれから本格的に書かなければなりませんが、ようやくここにきて落ち着いて仕事と卒論に取り組む時間を持てるようになりました。

ここからが私の2016年中盤戦。夏までに完成させなければならない出版の仕事が1つあり、10月までには卒論も書き上げなければならないので、私にとっては6月から10月までが次のステージという感じです。通信で勉強を続けているような人は誰でもいろいろと大変な状況で頑張って自分の道を歩んでいると思うので、私も試練に負けずに10月まで邁進したいと思います。

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夜スク・人類学

昨年、仕事と武道2種類と夜間スクーリングで後半戦は息も絶え絶えでしたが、また今年も夜スクに魅力的な科目を見つけてしまい、やはり履修することに決めました。

私は文学部2類の史学専攻ですが、どこか決まった地域の歴史に興味があるからというわけでなく、人間史全体に大きく興味があるので、今回の人類学は夏スクでもなかなかお目にかかれない(と思う)絶好の科目でした。

1年ちょっと前に、歴史か考古学の教授の方が『アフリカで誕生した人類が日本人になるまで』(溝口優司、ソフトバンク新書)という本を入門書として三色旗で紹介されていました。思わずすぐに購入してしまったのですが、これが本当に分かりやすくて面白い本でした。

私が子供の頃に学校で習った人類学とはすでに解釈が変わってきている部分も多く(例えば、人間は猿人や類人猿から段々と進化して二足歩行になったという絵は、もう教科書には載っていないという噂)、そういった点を講義で学ぶことができるのはとても楽しみです。

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しかし、仕事はまだまだ忙しいし、卒論もあるので、無茶して体調を壊さないように気を付けねば~と思います。

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消化不良で吐き出した科目

長い雨の日々も終わりを告げた関東地方。しかし、思わぬ災害が相次いで、心にひびが入りそうな気持ちです。私の地方は特に問題なく、毎日毎日まるちゃんにレインコートを着せる日々が続いただけでした。

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さて、きな臭いタイトルを付けてしまいましたが、あくまでも個人の気持ち・感想ですので、読んでくださる方はその点をご承知ください。

5月に西洋史概説Ⅱのレポートを提出しました。2014年度の課題が気になっていたので、難関科目だとは聞いていましたが突貫作業でどうにか提出。巷で不合格レポートが飛びまくっているという噂を耳にしていたので、きっと私も不合格だろうとは予測していましたが、それでも全く杞憂はありませんでした。というのも、このレポートの採点者が、これまた難関科目と噂の高い西洋史特殊Ⅲの採点をする先生と同じだと聞いていたからです。

以前、西洋史特殊Ⅲのレポートを提出した際、初の(または2回目だったか?)不合格を経験した上に、2回もの再提出になりました。最初はがっかりしたものの、考えてみるとそれまでのレポート返却の時はほとんど講評が書かれたことがなかったのに、この先生だけは余白という余白にみっちりとアドバイスを書いてくれていて、実はとても親切なのではないかということに気が付きました。それまではほとんどレポートも試験も不合格はなく、ちょうど専門分野に入ってまもなく受けた不合格の洗礼。しかしこれは見方を変えれば、勉強しなおせる、しかも先生のアドバイス付きで理解を深められる絶好の機会を得ただけのこと。

そして、このレポートが「合格」と付されて返ってきたときの喜びは、採点してくれた先生への感謝と共にありました。

そんな先生とのやり取りがまたしばらく続くことになるのかしらという妙な期待をもって提出した西洋史概説Ⅱ。2週間ほど前にレポートが返却されたcimicoさんの情報でも、やはりこの科目に書かれたサインは例の先生のものでした。

ところが、少し遅れて戻ってきた私のレポートを見て拍子抜け。採点した先生が別の人。しかも採点者が違うだけならまだ良かったのだけれど、不合格の理由としてレポートの内容には一切触れてないのです。(あ、不合格だったところだけは予想通りでした・笑) 講評に書かれているのは、註のふり方がダメだということのみ。それなのにほぼすべての「不十分」にチェックが入っています。

わざわざ2014年の課題を選んだのは、何十年も前から興味があったテーマだったからです。したがって、いくら突貫でレポートを書いたとしても、また不合格なのだろうと予測をしていたとしても、前知識のあるテーマなので極端に主旨からずれるようなことは書いていないという自負がありました。不合格になるほどなのだから、どう書き直すべきなのか方向性だけでもアドバイスをもらいたいところです。

また、註の書き方はレポートを書き始めたばかりの頃に他のレポートで指摘された通りにやっていて、これまでのレポートでも一度も「不十分」という注意を受けたことはありませんでした。引用・参考文献には引用したもの以外は記載しない、読んだだけ、参考にしただけの文献は載せないという形式です。ところが今回の採点者は、引用していない文献でも参考にしたものはすべて記載し、また参照したことがわかるように註をふれ、とのご注意でした。

先生によって註の書き方が違うことはあり得るのでまあ良いのですが、せめて同じ科目内だけでも統一してくれと思いました。そのうえ、それだけが不合格の原因なのかと思わせるような講評なのですから、どう書き直すべきかとブルーになりました。

お陰ですっかり再レポのやる気が湧いてこないので、試験の結果がAでなければこの科目の履修はやめることにしました。試験はそこそこ書けたものの、さすがにBくらいかという予測だったのですが。

しかし、結果はC。

この科目は試験も厳しいのか、それとも私の記述があまりに表面的過ぎたのか、明確にはわかりませんが、とにかく私が西洋史概説Ⅱを捨てることだけは明確に決まったのでした(笑) たとえ再レポを頑張ったところで評価がCだと分かり切っている限り、モチベーションを保つことは至難の業です~

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波乱の夏

7月初旬から間が空いてしまいましたが、この間に例年通り夏期スクーリングも受けました。

今年は7月半ばに合気道の稽古中に自分の不注意による膝靭帯損傷という怪我を負い、ギプスは免れたものの半月間ほど右足全体を固定して膝が動かないようにして過ごしました。

多分、普段から運動しているから楽な方だったとは思うのですが、長く座っていることも辛く、本当は安静にして過ごさねばならなかったようですが、仕事は休めないので、体が動けないことに悔しい思いをしながら、しかも暑い時期なので汗だくになりながら、どうにか最低限の仕事をこなす日々が続きました。

しかし、パソコンに向かわないとできない仕事は溜まる一方で、夏スク1期に入る少し前に膝の固定を取っても良いという許可が下りた後から2期が終わった後までは、一度もベッドで寝れなかったほどに仕事と大学に追われました。

でも、これもまあ、良い思い出です^^

その後も体調を壊すことはなく、溜まった仕事もある程度こなすことができました。本当にほっとしました~

夏スクは日吉の1期に倫理学、2期に文化人類学を受講させて頂きました。

そして、夏スクが終わってしばらくすると7月の試験の結果が送られてきました。7月は日本史特殊Ⅰ(日本法制史)と西洋史概説Ⅱの2科目を受けたのですが、どちらも勉強不足の割に幸運に合格はしたものの、素直に喜べない事情が。これはまた後日書きたいと思います。

そんな調子の私ですが、靭帯の怪我からの回復は早い方だったようで、すでに合気道も大東流合気柔術もやっております^^
↓ これは復帰直後に参加した合気道演武会の画像を加工したものです。

aiki201508


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